February 21, 2006

地球の作り方

しばらく歩いていくと、看板が立っていた。
木の板を張り合わせただけのそれには、
『世界の終わり』と書いてあった。
彼には随分前からその看板が見えていたが、
近くにいって、大きな手で看板を触ってみた。
ひき抜けそうになったところを慌てて戻した。
何度も何度も、嫌になるほど確認をした。
そして彼はひどく落胆したけれども、
それ以外どうしようもなかった。

ひとしきり泣いた後、ひっそりと涙は涸れた。
さきほどまでざあざあ音をたてて流れていた彼の涙は、
いつのまにか彼の足元に大きな水たまりをつくっていた。

涙の流れなくなった目を看板に向けた彼は、
不思議そうに首をかしげた。

『世界の終わり』の看板の先にも、空間があるのだ。
この看板が世界の終わりを示すとしたら、
この先の空間は一体なんであるだろうか。
試しに手をつっこんでみる。
何も起こらないし、手もここにある。
もしかしてこの看板は、「これ以上先に進んだら、
世界の終わりがあるから気をつけましょう」という
ありがたい警告なのだろうか。

彼はピチャピチャ音をたてながら歩いた。
歩いた、ということは
この空間はどうやら終わりではないらしい。
彼はまた、理由もわからずただただ歩いた。

でも彼は、なんだか1人ではない気がしていた。
先ほどまで寂しかった気持ちは、うそのようだ。
足を動かせば元涙の水が揺れ、音が鳴るし、
視力が10.5の彼には、ミジンコだって大きく見えた。
ただ彼の声は人並みだったから、
どれだけ小さな声で喋ろうと試みても、
微生物は音の振動に耐えることに必死で、
話をすることはできなかった。
それでも彼は、1人ではないことを
ひしひしと胸に感じられることだけで、
スキップをしたいくらい嬉しかった。

しばらく歩いていくと、『もう終わり』の看板がみえた。
それはまだまだ10キロほど先だったが、
彼はそこまでまた辛抱強く歩いた。
そして、またその看板を嫌になるくらい目にやきつけた。
するとその看板には、
緑色のような黒色のようなものがこびりついていた。
触ってみると、ヌメっとするし、なんだかジトっとする。
気持ちが悪いので、彼は手を水で洗った。

気が付けば『もう終わり』の看板の先にも、
延々と空間が続いているようにみえる。
彼は最初から終わりたくて仕方がなかったので、
この先のことを思って、大きな溜息をついた。

うつむきながら歩きはじめた彼は、
一瞬だけスキップになったものの、
またうつむき加減に戻って歩を進めていた。
なんだか急に全てがいやになって、
水しぶきをたてながら、足を踏み鳴らした。
でもそこは凹む一方で、
彼は這い上がるのに若干の苦労を要した。

しばらく歩いていくと、『さようなら』と
『またきてね』の看板が並んで立っていた。
『さようなら』と『またきてね』の前で、
彼はすこし休憩することにした。
多分、これでこの世界とはさようならだからだ。
また、はきっと無い。
なんだかそんな気がしていた。

そこらへんにある石でも拾うつもりだったが、
そこらへんに石なんてなかった。
彼は地面を力いっぱい蹴り上げて、
その世界のかけらをたくさん集めた。
それを看板の前にたくさん積んだ。
長い時間がかかったかもしれないが、
彼には時間はあまり関係がなかった。
どの世界とも、さようならをする時には
休憩をするべきだ、と誰かが言っていた気がするし、
彼自身もゆっくりと休みたい気分だった。

かけらをつんで作った椅子に腰掛けて、
彼はゆっくりと休んでみた。
しかし、どうにも彼には気になることがあった。

『さようなら』と『またきてね』の看板の奥には、
毎度のごとく空間が、ある。

彼はこんなことは初めてな気がする、と思った。
ただ、こんな風に延々世界を歩くのも
初めてかもしれないと、そのあとに思った。

せっかく作った椅子は、
だれかのためにとっておくことにした。
でもこの世界に、他のだれかがくるだろうか。
彼は本当は、自分で作った椅子を
自分で壊す気にならなかっただけだ。

彼はまた歩き出した。
うつむくわけでも、スキップをするわけでもなかった。
なんだかさっきより、水の量が増えた気がする。
それからさっきより、生き物の鼓動が大きい気がする。
彼の声には負けるかもしれないが、
すこーしだけ、この世界を揺らしている気がする。

彼は「あ」と声をあげた。
微生物は振動に耐えた。
しかし彼は走り出した。
蹴り上げた世界のかけらは
至るところに積み上げられていった。
彼のゆっくりとした歩みにも、スキップにも、
小さな声にも耐えてきた微生物たちも、
この駆け足にはえらく参ってしまった。
しかも、上からは大岩が降って来る。

この時ばかりは彼も微生物への配慮を忘れていた。
それほど彼は必死に走った。

しばらく彼は走った。
彼は『世界の終わり』の看板をみつけた。
近くに駆け寄ってしっかりと確かめる。
彼の涙の一粒目は、どこかへ消えてしまった。
しかし彼が看板を触ると、刺さりが甘かったのか、
がたりとその看板は倒れてしまった。
看板と同時に、彼もばたりと倒れてしまった。


しばらくすると、だれかがやってきた。
彼の体をひょいと持ち上げて、
ごくろうさまと言い、真っ黒の世界に投げてしまった。
それから、真っ黒で大きな手帳をとりだして、
難しそうな図面に何かを書き込んだ。


形は丸、水と緑に溢れた世界。
いくつかの大陸と、多くの島がある。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/taila/50574380 

トラックバックはまだありません。

コメントはまだありません。

コメントする。

絵文字
 
星  顔